サトリとは損すること。マヨイとは得すること。

 世間と仏法の価値観の違いをこれだけハッキリと表した言葉はなかなかないと思います。私たちはいつも、損せずに、できるだけ得したいと思って、頑張りつづけ、疲れ果てているではないでしょうか。
 ところが、沢木老師は言う。「われわれはできるだけ損をせねばならぬ。」

 この言葉を聞いて、グリム童話の中の「しあわせハンス」の話を思い出します。
 ハンスは修業を終えて、故郷に帰ろうとします。長年、師匠の下でまじめに働いたご褒美として、師匠から重い黄金の玉を渡され、出発します。玉を担いだまましばらく歩くと、馬に乗った人に出会います。
「お前、その玉はだいぶ重そうだなぁ。こっちの馬と交換してみないか。乗ったまま古里に帰れるぜ。」
 ちょうど汗をかきはじめていたハンスは「願ったりかなったり」と思い、喜んで交換することにしましたが、しばらく進むと、今度は牛を連れた人に会います。
「馬もいいが、わしの牛なら、乳を搾れるから、チーズもバターも作れるよ。その方はいいじゃないの?」
 ハンスはまた納得し、馬を牛と交換して、親の待っている家に向かいます。しかし、今度は豚をつれている百姓に出会います。
「その牛よりも、この豚はたくさん子も生むし、肉はうまいぞ。まぁ、交換してやろう。」
 ハンスは再三交換して、そのたび本当に得した気分になります。最後は大きな砥石を持った男に会います。古里はもうすぐそこです。
「お前、家に帰ったら、これで刃物を研いだら、いい商売になるよ。楽して暮らして行ける。」
 重い砥石を運びながら、道を歩きますと、そこに井戸がありました。砥石をその縁に起き、水を飲もうとしたときです。ハンスは石を井戸の中に落としてしまいます。
 しかし、重い石をなくしたハンスはほっとし、軽くなった身で
すぐ近くの親の家に向かって走り出します。とても幸せそうに。

流転④(2001年12月1日)