前書き(案)

 長らく「葬式仏教」と揶揄され、修行や戒律は形骸化するばかり。宗教法人の税制優遇を悪用して、お寺が考えるのは「収益」のことだけ、お坊さんはビジネスマンしか見えない……。日本の仏教の実状というものはこんなものですか?このまま堕落していくばかりですか?もはや日本は「仏教国」ではないのですか?「本物の仏教」を求めて、はるばるドイツからやってきた私にはそのことが悲しくてなりません。

 あらためて日本人に問いたい。仏教とは何か?修行とは何か?そして仏道を生きるとはどういうことか?

 私は1968年のベルリン生まれです。ひょんなことで仏教と出合い、7年前からは兵庫県日本海側にある、「安泰寺」という小さな山寺の住職をしています。住職になった当初、何回か街の警察の職務質問を受けたくらい、寺も私も名が知られていません。

「どこのどいつだ?」

「ドイツはドイツだけれども、今は安泰寺の住職をしていますよ」

「そんなばかな、聞いたことがない!」

 寺の存在自体、なかなか信じてもらえませんでした。それは無理もないかもしれません。街から15キロも離れていて、檀家が一軒もありません。最寄りのバス停から山に入り込む未舗装道路を登ること4キロ、道は寺で行き止まりとなっています。

 寺の歴史はそれほど古くありません。もともと大正時代に宗学研究の学堂として、京都洛北に開創されました。多くの学匠を輩出し、近代の伝統宗学を継承発展してきたようですが、戦後は純粋な坐禅修行に重みがおかれました。60年代より世に知られるところとなり、修行者は世界各地から集うようになりました。が、修行者の増加と、周囲の宅地化により、1977年にこの但馬地方への移転が決意されました。禅語の「一日不作、一日不食」を実際に実践する、自給自足を行ずる坐禅寺としての出発です。

  さて、安泰寺には今、私の他には弟子が数人、それから日本の内外から入れ替わる修行者達が乳水和合を目指して、日々を送っています。それはどういう生活なのか?年間を通して、まず1800時間の坐禅を行います。起床の3時45分から坐禅をすること二時間。朝食、掃除の後は昼ご飯をはさんでの農作業や山仕事。田畑を耕し米や野菜を作っているだけではなく、カマドの燃料となる薪も自分たちで山から原木を切り出して、薪割りします。夕方になると、再び二時間の坐禅が待っていて、その後就寝です。毎月、行われている「接心」では朝4時から夜の9時まで坐禅のみに専念します。そして豪雪で外部との往来が出来ない冬季は、坐禅と教学の毎日です。

 日本の「プロのお坊さん」でもなかなかしない、このような修行生活をなぜ私たちが送っているのか?その答えは、ほかでもなく「仏教を求めているから」です。では、仏教とは何か?仏教とはいうまでもなく、仏の教えです。しかし大事なのは、「仏の教え」とは単なる「仏(釈尊やアミダさん)からの教え」ではなく、「仏(覚者)になるための手立て・方法」でもあるということです。だれが「仏になる」のかというと、結局のところ、今ここで生きている私たち現代人でなければなりません。自分自身が仏になることが昔から仏教の眼目でした。それは今日も変わっていません。自分が仏にならない限り、仏教はどこにもないということです。

 「今ここ、この自分が仏にならなければ」という仏教の原点は今の日本ではあまり理解されていないのではないか、という気がします。日本は仏教国です。少なくとも、仏教国であったはずです。西洋の一神教と違うはずです。日本人は生まれながら、空気と一緒に日本で伝わってきた仏教を吸っているようなものです。しかし、その仏教は決して理論的に整理された教えではなく、一つの風習のようなものです。その風習の中には、決して仏教的でないものも、場合によっては反仏教的なものまでも混じっています。つまり、誤解だらけの仏教です。人間の真上におかれている「仏さん」を拝み、その功徳が自分に降り注がれたり、「仏さん」に守られたり、現世利益に預かったりすることを仏教と思われていることが多いようです。そういった考えは、むしろ神道キリスト教の考えに近く、仏教とは根本的に違います。釈尊も含め、仏教でいう「仏」は生身の人間です。神様ではありません。無論、死人でもありません。ところが、今の日本で「仏さん」という時、寺の須弥壇(しゅみだん)の上に置かれている仏像を指していなければ、だいたい死人を指しています。しかし、これはナンセンスです。死んだら仏になれるという教えは仏教のどこにも見あたりませんので、死人を「ホトケ」とよぶ悪い習慣は絶対辞めるべきです。仏教の歴史を見ても、死んで仏になった人は一人もいません。

 仏とはそもそも何を意味していたのか?「仏」とはサンスクリット語で「ブッダ」といい、その意味は「目が覚めた人」です。目を覚ますのは勿論、生きている間であり、死んでからでは遅いのです。仏教がこの自分が今ここ目を覚ますための方法を教えていますから、生き生きした教えでなければなりません。この教えが自分の生き方となって、日常の中で実参実究されない限り、一生の間「目を覚ます」ということはないでしょう。釈尊ご自身が「ワシが死んでも、ワシの葬式はバラモンヒンズー教の聖職者)に任せ、各自が各々の修行に専念すべきだ」といっていたほど、個人の日常の実践を重視していたのです。死後のことは元々テーマにされていません。当然、葬式も仏教の行事ではなくて、ヒンズー教の行事とされていました。ところが、今の日本ではその非仏教的なもの(葬式仏教)が仏教の主流になってしまったのです。そしていきいきとした仏教の実践はどこにもないのです。「今のお寺に仏教がない」といわれるのは、そのためです。悪いのは仏教を説かないお坊さんだけではありません。お寺に本物の仏教を問わない一般人もまた悪いです。お坊さんが答えてくれないなら、自分自身で本物の仏教を追い求めるべきです。ただ、そこで注意したいのは、「本物の仏教」をセールス・フレーズのように使っている新興宗教の詐欺師に引っかからないことです。

  人がいうかもしれません、「無宗教な日本ではなく、タイ辺りで仏教を求めたらどう?」。たしかに、「日本仏教」といわれる現象の99%は仏教と無関係だと私も思います。が、釈尊の本流も細々ながらちゃんと伝わっており、本物に出会うのは21世紀の日本でも決して不可能ではありません。出会えるか出会えないのかが本人の求道のいかんによるものです。自分自身の求め方次第、道が開けてくるはずです。

 はるばるドイツから仏教の修行をしに日本に来たのだというと、

「しかし、ドイツにはお寺がないでしょう?国に帰ったら、どうやって食べていけるの?」

 と不思議そうにいわれることもあります。まるで仏教の修行が一つの職業訓練であるかのように。しかし私は仏教で生活の糧を得ようと思って仏道に入ったわけではありません。実際に安泰寺の住職になるまで、まさか将来お寺を任せられると思ったこともありません。ホームレスでもやりながら、小さな坐禅道場を持とう位しか考えていませんでした。

 僧侶になってまだそれほど長くないころでした。ある日、托鉢して家々を回りました。その一軒で、「うちにはホトケがいない」と断れました。当時は「ホトケがいない」とはどういうことか、全く理解できませんでした。この家では誰も目を覚ましていないから、お金をくれないというのでしょうか?

 仏教は私たちの生き方であり、死人を相手に商売することではありません。修行とはこの生き方の実践であって、プロのお坊さんになるための修業(職業訓練)ではありません。そして仏とはあの世の遠い存在ではなく、私たち自身の生活目標でなければなりません。仏に向かって日々を歩むことこそ修行であり、その他には仏教がありません。

 私自身がどうやって仏教に出合い、仏教に魅せられたか、そしてどうして今一か寺の住職をしているのか、その道程を一人の求道者としてこの本で書きたいと思います。私にとって問題となってきた「生」と「死」の謎、「身体」と「心」の関係、「理想」と「現実」のギャップ、「大人の人生態度」と「幼稚な生き方」、それから日本と西洋の考え方の違い、宗教観や人間関係の違いにも脚光を当てたいと思います。最後には「修行」と一般にいう「修業」の違い、仏教と生活の関係、仏教と死後の世界等々、そしてどうして今の仏教が「葬式仏教」になってしまったのか、色々な問題を考えたいです。